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熊本地方裁判所玉名支部 昭和44年(モ)53号 判決

申請人 熊本硅砂こと池田正光

被申請人 有限会社築山商会

主文

本件につき昭和四四年八月一日当裁判所のなした仮処分決定はこれを取消す。

申請人の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮りにこれを執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、申請人訴訟代理人

「申請人・被申請人間の昭和四四年(ヨ)第二一号土地立入・土砂採取・搬出禁止等仮処分事件について、熊本地方裁判所玉名支部が同年八月一日なした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との判決を求める。

二、被申請人訴訟代理人

「申請人・被申請人間の昭和四四年(ヨ)第二一号土地立入・土砂採取・搬出禁止等仮処分事件について、熊本地方裁判所玉名支部が同年八月一日なした仮処分決定は、これを取消す。申請人の本件仮処分申請は、これを却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求める。

第二、申請人の仮処分申請事由ならびに被申請人の異議に対する反論

まづ仮処分申請事由として

一、申請人は、申請外東田国夫が福岡通商産業局長から適法に許可を受け昭和四三年熊本県試掘権登録第七六九九号をもつて登録済みの同県玉名郡菊水町竃門蛇田地区のけい石および長石の試掘権を同年八月七日右申請外人から譲渡を受け同月八日右福岡通商産業局受付をもつて同月三〇日右試掘権の登録を了したものである。

二、しかるところ、被申請人は申請人が右試掘権を有する鉱区内の別紙図面〈省略〉表示の地域(四万二、一三八・三二平方メートル)に最近に至り何らの権限なく勝手に立入り、ブルトーザおよびダンプカーを投入して右地域内に多量に賦存する鉱物たるけい石および長石を含む土砂を大規模に採取、搬出しており、このまま放置するときは、申請人は悉皆該鉱物を失い莫大な損害を受けることが明白である。

三、しかして申請人は被申請人に対し右不法行為(試掘権侵害行為)の排除および損害賠償等の本訴を提起すべく準備中であるが、右本案の確定を待つては回復し難い損害を被むる虞れがあり、寸刻の猶予も許せないので、被申請人が前記鉱区内の別紙図面表示の地域に立入り、土砂の採取ならびに搬出をなすことを禁止する旨の仮処分を求めるものである。

旨述べ、また被申請人の異議に対する反論として、

一、そもそも鉱業権は鉱区内において登録を受けた鉱物を採掘・取得することを内容とする特殊の物権であり、鉱業権者に対する関係においては、土地所有者と雖もその所有権につき鉱業法に定むる制限を受け、その制限の範囲内においてのみその権利を行使し得るにすぎないのである。

まして採石業者たる被申請人としては、砂石の採取は別として、みぎ砂石と一体もしくは不可分的に鉱区内に賦存している申請人の登録を受けた法定鉱物を右砂石採取に際し採掘取得し、ないし搬出することは、その故意に出たると、過失に因るものたるとを問わず、許されないところであり、被申請人の権利(採石権)の内容を超過逸脱し、鉱業権(試掘権)者たる申請人の権利に対する侵害となるものである(昭一六・九・一六大判、新聞四七三二号五頁参照)。

二、尤も申請人が本件仮処分の区域内に未だ試掘権を施業するに足る十分なる条件を具備しておらないことは、被申請人指摘のとおりであるが、土地使用についての関係地主との折衝・探鉱機械の据付け等右施業についての準備には怠りなかつたものである。

然かのみならず鉱業権なるものは一旦設定せられるときは、それが採掘権であると、試掘権であるとを問わず、また施業せられておると未だ施業せられておらないとを問わず、何人も右鉱業権の対象となつている登録に係る法定鉱物を掘採・取得し得ないものであることは鉱業法第七条本文に照らし極めて明白なことに属し(ただ例外として土地所有者が自用の井戸を掘るに当り鉱物掘採の結果を伴つたというがごとき場合には鉱業を目的としないものとして許容されるにすぎない)、これが違反者は同法罰則の適用も受けるものである。

三、被申請人は本件仮処分区域内には、法定鉱物たるけい石、長石は存在しないと主張する。

成るほど本件仮処分後、申請人において再調査したところ、係争区域内鉱区賦存のけい石は火成作用によるものであることが判明し、また目下のところけい酸分を九〇パーセント以上含んでおるものは見当らないので、通産省の内部通達によれば申請人鉱区内のけい石は法定鉱物たるに不十分であるといわなければならない。

しかし本件係争区域を含む同鉱区内には、法定鉱物たる長石は間違いなく存在するのである。

すなわち申請人女婿の申請外神代省吾は熊本大学工学部資源開発工学科助教授岡村宏に依頼し仮処分後である本年(昭和四四年)一〇月一八日同助教授と同行して本件仮処分現場に赴き精しく調査したところ、みぎ現場の土中にはアプライト(長石)と思われる層が縦横無数にあることを発見した。

そこで同教授の助言もあり分析鑑定資料として右区域内数ケ所から若干の岩石を採取し(被申請人は右神代が採取した場所は本件係争区域外であるように言うが、そのようなことは絶対にない)、そのうちの一部を直ちに熊本県工業試験場に持参し分析を依頼したところ、同年一一月一四日左記分析結果が得られた。

左記

区分 成分 けい酸   アルミナ カリウム(k2o )

A   七一・四七% 二〇・三一% 五・七八%

B   七二・四五% 二二・二〇% 四・六七%

C   七一・七四% 二一・三三% 五・七二%

これによると、大半が五パーセント以上のカリウム(k2o )を含有しており、この分析表を福岡通商産業局坪内技官ならびに前記熊大岡村助教授に提示したところ、右岩石は法定鉱物たる長石に相違ないとの確答を得た。

なお右岡村助教授の精密鑑定でも該岩石は講学上のアプライト(APLITE)であるという判断を得た。

以上によると、本件仮処分地域内には決定鉱物たる長石の存在することが間違いなく、かつ同鉱物を被申請人が砂石ないし土砂として採取し搬出していたことも否定し得ない事実といわなければならない。

四、被申請人は、本件仮処分直前迄は本件係争地から毎日五屯積トラツク一五〇台分の土砂を採取・搬出して道路公団施行の九州縦貫高速道路植木地区工事の道床用真砂として納入しておつたものであり、右仮処分のため右納入に一頓挫を来たし目下容易ならぬ事態に追い込まれておるのであるから、同処分取消について焦眉の急が存するものである旨主張する。

成るほど同被申請人がその主張のごとく本件仮処分直前右係争地域から同主張のような多量の土砂ないし砂石を採取・搬出して道路公団施行の九州縦貫高速道路建設工事に納入していた事実は認めるが、右仮処分によつてその主張のような甚大な影響を被むつているとは考えられない(他の土地からの土砂採取も決して不可能もしくは困難ではない)し、仮りに然りとするも、申請人としても右仮処分を取消されるときは前記のごとく法定鉱物たる長石を被申請人の大規模な土砂採取・搬出によつて忽ち失う結果となり、その損害は到底量り知れないものが存するといわなければならない。

五、そうすると、申請人の仮処分申請は、その被保全権利においても、また同保全の必要性においても、何ら欠くるところがないのであるから、これを認容してなされた本件仮処分決定は相当であり、当然認可さるべきものであつて、被申請人の異議は何ら理由がないものというべきである。

第三、仮処分申請事由に対する被申請人の答弁ならびに反論(異議事由)

一、被申請人が本件仮処分決定正本の送達を受けるまで、別紙図面表示の地域(四万二、一三八・三二平方メートル)内に立入り、土砂の採取ならびに搬出をしておつたこと、同地域が申請人において熊本県試掘権登録第七六九九号をもつてけい石および長石の試掘権を有する同県玉名郡菊水町竃門蛇田所在の同鉱区内の一部であること等の事実は認める。

二、申請人は、採石業者たる被申請人の右地域内への立入りならびに土砂採取・搬出をもつて申請人の有するけい石・長石試掘権に対する侵害行為であるとなし、同人の鉱業権(試掘権)は、かかる不法行為(侵害行為)に対し罰則をもつて保護されておるものであり、また土地所有者と雖も鉱業権者たる申請人に対する関係においては、鉱業法上の制限を受け、その制限の範囲内においてのみその権利を行使し得るにすぎないものである旨主張する。

成るほど鉱業権(試掘権および採掘権)が設定された地域(鉱区)内の土地所有者がその土地所有権の行使につき鉱業法所定の制限を受けることは申請人主張のとおりであるが、該鉱業権の設定だけで当該土地の所有者あるいは同所有者から地上権、賃借権または表土買取りに基づく表土の所有権を取得した者も、該土地もしくは表土に対する一切の管理処分権を失つてしまうものと解するのは甚しい誤解である。

右土地所有者は鉱業を目的としない限り、自己の土地内において自由に隧道を開掘し、あるいは井戸を開鑿し(このことは申請人も肯認しているところである)、もしくは耕作等のため表土を除去し得るこというまでもなく、ただ鉱物取得を目的として鉱物を掘採するときに限り、鉱業法第一九一条の違反として処罰され、あるいは該土地に鉱業権を有する者から不法行為による損害賠償の請求を受けることがあり得るにすぎないのである。

このことは該土地の地上権者、賃借権者または表土の買取り権者がみぎ権利の範囲内で行う行為についても同様であつて、これらの者も鉱業を目的とする鉱物採取のためにするのでない限り、該土地の使用もしくは土砂の採取・搬出を自由になし得るのである。

採石法第三四条、砂利採取法第三〇条が採石または砂利採取区域と鉱区との重複する場合を想定した規定で、鉱業権と採石権または砂利採取権とが両立し得るものであることを示しておることも右見解を裏付けるものである。

しかるところ、被申請人は係争区域内の土地所有者全員との間に、該土地所有者等としては該地を桑園に造成のため、被申請人としてはその営業に係る山砂採取販売のため、該土地の表土土砂を県道並みの高さまで採取(採掘)することを条件に売買する旨の契約を昭和四四年一月一〇日締結し、右土地所有者等から買受けた表土を鉱物取得以外の目的すなわち九州縦貫高速道路工事のための道床用真砂として使用する目的で掘採しているのであり、正当な権限に基づき正当な目的で掘採しているのであるから、該地域についてけい石・長石の試掘権を有する申請人と雖も右被申請人の所為に対し何らの制肘も加え得べき筋合いではないといわなければならない。

換言すれば、本件係争地域内の土地の掘さくは、正に土地所有者等がその所有土地を桑園に造成する目的で被申請人に依頼してこれをなさしめているものであり、被申請人はその反射的利益として右排土を鉱業目的以外の道床用砂として利用販売しているにすぎないものであるから、たとえ右土砂の中に申請人主張の法定鉱物たる長石が混在していても、それは鉱業を目的とするものではないのであるから当然許されるものというべきであり、法律上鉱業権(試掘権)の侵害をもつて目すべきものでなく、したがつて鉱業権(試掘権)者はこれを排除すべき権能はないものである(松山区判大正九年七月評論九巻二八五頁――有斐閣法律学全集五一巻一一頁参照)。

三、むしろ本件係争土地については、申請人側こそこれを使用すべき何らの権限を有しないものである。

けだし鉱業権(試掘権)者は、該権利自体では、その鉱区内といえども他人所有土地の地表を使用し得る自由はなく、これを使用するには該土地の所有権もしくは使用権を取得するほかなく、また鉱区内の掘鑿についても、土地所有者その他土地に関する権利を有する者の正当な地下使用権と衝突するときは該土地所有者または権利者との協議によるか、または鉱業法第五章所定の手続により土地使用権を取得しなければならない定めとなつているにも拘らず、申請人は本件係争区域の土地所有権者から未だ何らの使用権を取得しておらず、係争区域内において試掘権を施業するに足る条件を備えてはいないのである。

四、さらに申請人が試掘権を有する鉱物は、けい石および長石であるが、本件係争区域を含む申請人鉱区には所謂法定鉱物たるけい石、長石は存在しない。

すなわちまづ法定鉱物たるけい石であるか否かは、その成因・産状、名称、基準品位等について所定の要件を具えておるか否かによつて決定さるべきものであるが、内規上(イ)火成作用に因るものは基準品位が九〇パーセント以上(ロ)火成作用に因らないものは基準品位が七〇パーセント以上と定められているところ、本件係争区域内のけい石は右(イ)の火成作用に因るものである(因みに本件仮処分決定がなされた当時は未だ右けい石が火成作用に因るものであることが明らかにされておらず、(ロ)に該当し、したがつて基準品位が七〇パーセント以上で足るものとして判断されたもののようである)から、右内規上けい酸分九〇パーセント以上を有しなければ法定鉱物とはならないものであるところ、本件係争区域内には右パーセント以上のけい酸分を含むけい石は見出されないのである。

また申請人は本件係争区域内に法定鉱物たる長石が存在するとして熊本大学工学部資源開発工学科助教授岡村宏の鑑定報告書を援用するが、被申請人側の調査では右鑑定に供された資料(岩石)は本件係争区域外において採取されたもののように推測されるので、右報告書をもつて本件係争区域内に法定鉱物たる長石が存在することの疎明としては不適当である。

五、これを要するに申請人の本件仮処分申請は、その被保全権利も、また保全の必要性も共に欠くものといわなければならないので、これに基づいてなされた右仮処分決定も当然取消さるべきものである。因みに被申請人は本件係争地から採取する土砂を道路公団施行の九州高速道路植木地区工事の道床用真砂として一手納入中であつた(本件仮処分直前は毎日五屯積トラツク延一五〇台分の土砂を採取・搬出して納入していた)ところ、右仮処分によつて同所からの採取が不可能となり、臨時応急的に代替地からの採取によつて急場を凌いだが、それも既に底をつき、発注者たる右工事請負者等より、本件仮処分取消措置を講じ至急多量の納入(昭和四五年二月末迄に約一〇万リユーべすなわち毎日五屯積トラツクで二〇〇台分宛納入)方を厳しく督促されている現状にあつて、本件仮処分取消の必要性は焦眉の急にあるものである。

第四、疎明関係〈省略〉

理由

第一、本件係争事実の背景となつている事情について

証人岡村宏同川又輝次同福田良人(第一、二回)同神代省吾の各供述並びに右岡村証人の供述によつてその成立の真正が認められる疎乙第一七・一八号証、同川又証人の供述によつてその成立の真正が認められる疎乙第二八・二九号証、当事者間にその成立について争いのない疎乙第二六・二七号証を綜合すると、次のような事実が認められる。すなわち

近年建設事業の急速な膨張に伴い骨材の需要度は飛躍的に増大する傾向にあつて、従来骨材の大部分を占めていた河川砂利資源は治山・治水事業の進展と共に枯渇の一途を辿つており、そのため今後における骨材の供給源は、河川地帯から山地帯に移り該地域の山砂もしくは砕石に主として依存せざるを得ない事情に推移しているところ、熊本県玉名郡菊水町地方は、いわゆる小岱山系周縁「マサ土」(花崗岩風化層土)賦存地帯(因みに同地帯のマサ土埋蔵量は約一三億トンと推定されている)に当るため、細骨材や道床用真砂の供給地として最近注目を浴びるに至り一部には細骨材プラントとして企業化されている。

反面同地域にはけい石、長石等の鉱脈も存するため、夙にこれらの鉱物採掘を目的とする鉱業稼行の対象ともなつている。

そのため該地域は建設資材業者の採土と鉱業関係者の試掘とが競合する景況を呈し、その利害の対立が潜在していたが、道路公団施行に係る九州縦貫高速道路のコースが該地域を縦断して設定せられ、その建設工事がいよいよ本工事にかかり、道床(路床)用真砂の需要量が尨大なもの(植木工事区間だけでも三七万一、八四二リユーベ、すなわち五屯積みトラツク延七万四、三六八台余分を必要とする)となつてきたため、右両業者の対立が顕在化するに至つたものである。

ところで現地の菊水町では、該地域が試掘権の対象として永く放置される(試掘権の存続期間は登録の日から二年間となつているが試掘権者の申請によつて爾後二回延長することができる――鉱業法第一八条)ときは、推進中の農業基盤改善事業(整地のうえ桑園造成)ならびに企画中の右高速道路沿いの町営工場団地造成事業の支障となるとして、鉱業権者の鉱業出願に対しては反対の立場をとつているが、採石業者の採土については、右事業と調和的に遂行でき、採土作業と整地工事とを組み合わせることによりかえつて同事業にプラスする面があるとしてこれを条件付で支持している傾向にある。

以上の事実が認められ、右認定に反する疎明はない。

第二、本件仮処分決定の内容並びに当事者間に争いのない事実

当裁判所が申請人の仮処分命令申請に基づき昭和四四年八月一日、申請人においてけい石、長石の試掘権を有する熊本県玉名郡菊水町寵門蛇田地区所在の一万七、一八二アールの鉱区中別紙図面表示の四万二、一三八・三二平方メートルの地域(1から算用数字順に28に至り28から1に戻る線内の地域。以下本件係争地域と称する)に、被申請人が立入り、土砂採取並びに搬出を禁止する旨の仮処分決定をなしたことは、本件記録上明白であり、被申請人が右仮処分決定正本の送達を受けるまで、右係争地域内に立入り、土砂の採取ならびに搬出をしておつたことについては、当事者間に争いがない。

第三、被保全権利の有無について

そこで、まづ本件仮処分によつて保全さるべき権利の有無について判断するに、前記神代・岡村両証人の供述のほか同稲員慶一の供述(ただし右神代・稲員の各供述中措信できない後記各一部を除く)、右岡村証人の供述によつてその成立の真正が認められる疎甲第二ないし第三の四号証、当事者間にその成立について争いのない疎乙第三〇の一、二号証を綜合すると、申請人は申請外東田国夫が福岡通商産業局(以下福岡通産局と略称する)長から適法に許可を受け昭和四三年熊本県試掘権登録第七六九九号をもつて登録済みの同県玉名郡菊水町竃門蛇田地区一万七、一八二アールの地域を鉱区とするけい石および長石の試掘権を同年八月七日右申請外人から譲渡を受け同月八日右福岡通産局受付をもつて同月三〇日右試掘権の登録を了したものであり、本件係争地は右鉱区内の一部(四万二、一三八・三二平方メートル)に当ること、右鉱区内賦存の鉱石中けい石は本件仮処分後における調査ではその成因が火成作用によるものであることが判明し、また目下のところけい酸分を九〇パーセント以上含んでおるものは発見されないので、通産省の内部通達(昭和三一年五月九日付鉱第二〇二号、鉱業法第三条のけい石の定義について)からは、右けい石は右通達所定の基準品位すなわち鉱区中稼行の対象となるべき鉱床全体の自然状態におけるけい酸分含有量が平均九〇パーセント以上であることの要件を充たさず、したがつて法定鉱物たる資格を欠くものといわなければならないが、同登録鉱物の長石は半花崗岩の微粒子すなわちいわゆるアプライト(APLITE)として該鉱区内の岩石またはマサ土(真砂)内の諸所に細小ながら脈状をなして賦存しており熊本県工業試験場および熊本大学工学部資源開発工学科助教授岡村宏による採取資料の分析・鑑定の結果でもその過半がカリウム(K2O)を五パーセント以上含有しておるので、法定鉱物たる要件を十分に具えておるものと考えられること等の事実が認められ、右認定に一部牴触する証人神代同稲員の各供述中の各一部は前記証拠と対比し措信できない。

そうすると、申請人は本件係争地を含む前記鉱区につき、その賦存鉱物中すくなくとも長石については鉱業法所定の試掘権を有することに欠くるところはないものといわなければならない。

ところで、被申請人は鉱業権(試掘権)者は鉱業権の登録を受けただけでは、鉱区内の土地所有権者その他権原に基づいて土地を使用する者に対抗し得ないのであり、これらの者が鉱業権者の妨害となるような行為をなしてもこれが排除もしくはその予防の請求をなすに由ないものである旨主張するので、まづこの点について検討するに、試掘権は、鉱業権の一種であつて、将来取得すべき採掘権の準備調査のための権利であるが、鉱区内において登録を受けた鉱物を掘採取得し得る権利も内包し(大正九・一一・二三東京控判、評論一一巻上一〇一頁参照)、右鉱物の掘採取得に関する限りは、他人を排斥して該鉱物を独占的に掘採取得することができ、第三者が右鉱物を掘採取得し、もしくは該鉱区において試掘権者のなす掘採取得を妨害するときは、みぎ侵掘や妨害の排除・予防ならびにこれが損害の賠償を請求しうるものである。

しかし、鉱業権は、その本質が右のように登録鉱区において鉱物を掘採取得する権利であつて、土地の使用権とは別個のものであるから、右鉱物の掘採取得(鉱業の実施)のため必要な場合でも地表を使用するためには土地使用に関する権利を取得しなければならないものであることは、前記性質上当然であり、また鉱区内の地下については、鉱業権本然の効果としてこれを使用することができ、とくに土地の使用に関する権利を取得する必要はないが、反面土地所有者の地下利用権も鉱業権の設定によつて全面的に停止されるものではない(けだし鉱業権の設定は鉱業権者に、地下の鉱物を掘採取得する権利を賦与するに止まり、該土地の所有権を与えるものではないからである)から、両者は調和的に併存すべきものであつて、もし鉱業権者が地下ないし地中の使用権を独占的に定立しようとするときは、土地所有権者もしくは地上権者、賃借権者等権原により該土地を使用する者との協議によつてその承諾を得るか、または鉱業法第五章(第一〇一条ないし第一〇八条)に定むる「土地の使用・収用」に関する規定によつて地下に関する土地使用権(申請人の有する鉱業権は試掘権であつて、権利の存続期間が限定されているのであるから、土地の収用は認められない)を取得しなければならないものである。

みぎのごとく鉱業権は鉱区内鉱物の採掘取得については、排他的独占的な権能をもつものであるが、該鉱区内土地の使用については土地所有者その他権原に基づいて該土地を使用する者との間における協議もしくは鉱業法第五章所定の土地使用権取得手続の履践を免がれないものであり、鉱物を現実に掘採取得するには、鉱区内土地の使用は不可欠のことに属するので、鉱業の実施すなわち鉱業権の行使は結局土地使用権の取得以前においては観念的なものに止まり、したがつてこの段階においては鉱業権者に対する妨害の排除もしくは予防の請求権を生ずるに由ないものとの見解も成り立ち得る余地が存する。

しかし、鉱業権は、地下埋蔵資源の開発という公益的見地から国の特許行為によつて創設せられる公権的な私権であり、鉱業的価値の存在を必須の要件として許可設定されるものであるが、必らずしも該土地の所有権や使用権の取得を前提とし、もしくはこれらとの関係を考慮して許可されるものではない建前上、鉱業権(試掘権)の許可・登録と現実の施業との間には前記のごとく鉱区内土地の使用権取得という架橋を必至とし、右架橋作業(所有者等との協議もしくは法第五章の使用権取得手続)中に、該土地所有者・使用権者等を含む第三者によつて鉱業権(試掘権)の侵害もしくは妨害となるような所為の執られる機会の存することは当然で、かかる場合においても右鉱業権者としてはこれを甘受もしくは拱手傍観せざるを得ないということでは、折角地下鉱物資源の開発を助長促進しその死蔵・散亡を防止するという公益的見地から特許設定される鉱業権の存在意義を抹殺するにも等しく、かかることは決して法の意図するところではないものというべきであるから、たとえ鉱業権(試掘権)者において未だ該鉱区内土地の所有権もしくは使用権を取得するに至らず、したがつて現実の施業前であつても、一定の条件のもとにおいては、例えば当該鉱区内の賦存ないし登録鉱物が重要もしくは稀少価値をもつたものであつて、品位も高く、その採掘は右土地の所有者等による該土地の利用処分よりも遙かに社会的有用性ないし公益貢献度が高く、また鉱業権(試掘権)者に探鉱・採掘に対する真摯な意欲が認められ、該土地の使用権取得についても現に右土地所有者等と誠実に協議中であるとかもしくは鉱業法第五章所定の手続中であつて、近い将来におけるその取得が期待されるものである等の特殊の事情が存する場合においては、鉱業権(試掘権)者の試掘・採掘の妨害もしくは侵害となるような性質の土地所有者等を含む第三者の所為に対して、これが排除もしくは予防を請求しうる権能が鉱業権者に賦与されておるものとみるのが相当であり、鉱業権にかかる請求権能が内在しておるとみることを妨げないことは、法がもともと鉱業権を妨害の排除および予防の請求権能を有する物権とみなしておる(鉱業法第一二条参照)ことからも肯定し得るところであり、したがつてかかる場合は未だ土地使用権の取得が伴つていない試掘権であつても仮処分により保全せられるに値いする適格を具えるものといわなければならず、被申請人主張のごとく一義的に被保全権利を欠くものとの主張には賛し得ない。

つぎに被申請人は、採石法第三四条、砂利採取法第三〇条は採石または砂利採取区域と鉱区との重複する場合のあることを認めているので、採石業者たる被申請人は申請人の鉱区を採石場として採石することが当然許されるものであり両者は両立し得るものである旨主張するので検討するところ、みぎ採石法第三四条、砂利採取法第三〇条(以下採石法等と略称する)は採石業または砂利採取業を行う土地の区域と鉱業権者の鉱区とが重複する場合を予想しこれが調整の方法として当事者間の協議ならびに右協議の不能または不調の場合における通産局長に対する決定の申請等について規定しておるので採石業者または砂利採取業者(以下採石業者等と略称する)は鉱業権(試掘権)者の登録鉱区内においても岩石もしくは砂利の採取をなすことを妨げられないものであることが明らかである。

しかし、鉱区内における岩石や砂利の採取は、賦存鉱物が右岩石や砂利と一体をなし、もしくは不可分的に混在しているときは、右採石または砂利採取に伴つて該鉱物の掘採される蓋然性も極めて大で、かかる場合も未だ掘採されない鉱物の掘採に該当することは否定し得ないところであるから、これと「掘採されない鉱物は鉱業権によるのでなければ掘採してはならない」旨規定している鉱業法第七条との関係を如何に理解すべきであるかは難しい問題であるといわなければならない。

思うに、前記採石法等が採石業者等と鉱業権者との間の調整関係を全く相互的対等的なものとして規定している立言形式からみれば、採石業等と鉱業とは同一施業地域(鉱区)において両立できるものであり、したがつて右採石法等の規定は鉱業法第七条に対し例外規定をなすものであるという考え方も成り立つ余地なしとしない。

しかしながら、鉱区は鉱業権設定の不可分的要素(鉱業法第五条)で通産局長の許可(同法第二一条)という国の特許行為によつて創設せられ登録せられる公権的性質を有するものであるのに対し、採石業等の施行地域であるいわゆる採取場は右業者等が任意に定め得るものであり、ただ通産局長に対する届出を要するだけのものである(同法第三一条)から、この両者の間の質的差異に鑑みるときは、採石業者等がその施業に当り該鉱区内に賦存する登録鉱物の掘採取得を真接目的とすることは、前記鉱業法第七条に違反するものとして許容し得られないことは勿論、かかる目的がなくただ岩石もしくは砂利の採取がその用法上右登録鉱物の掘採を随伴するにすぎないような場合においても、前記採石法等による鉱業権者との協議または通産局長の決定がない限り、右賦存鉱物の種類・品位、その採掘・探鉱等の実情と、岩石もしくは砂利採取の目的、用途および採取の実情等とを対比してそれぞれの社会的価値を評価したうえ、採石業者等の側に試掘権者側より一層高い社会的有用性ないし公益貢献度が期待される場合を除いては、該試掘権者の試掘(土地使用権を取得しておらない段階を含む)の妨害もしくは侵害となるような採石行為は許されないものと解するのが相当であるというべきである。

そうすると、右のような条件のもとにおいては、試掘権者は採石業者等の前記所為に対し、仮処分によつて保全せられるに値いする権利を有するものといわなくてはならない。

しかるところ、前記岡村・川又・神代・福田各証人の供述(ただし神代・福田両証人の各供述中後記措信できない各一部を除く)のほか同松崎工同石原貢同打越勝行の各供述、右石原証人の供述によつてその成立の真正が認められる疎乙第七乃至第一六号証および同第二五号証、当事者間にその成立について争いのない疎乙第一号証同第二三号証の一乃至三同第二四号証を綜合すると、被申請人は昭和四三年八月一日本件係争地を採取場として花崗岩(実際はその風化したマサ土)の採石事業を開始し、同月三日付福岡通産局長から採石業着手届の受理通知を受けたものであり、同四四年一月一〇日には係争区域内の土地所有者全員との間に右土地所有者としては該土地を桑園に造成するため、被申請人としてはその営業に係る山砂採取販売のため、該土地の表土土砂を附近を走つている県道並みの高さまで採取(採掘)して整地することを条件に売買する旨の契約を締結し(口頭による合意はそれより相当以前に存したものである)て、右土地所有者等から該表土を買い受け九州縦貫高速道路工事の路床用真砂として採取搬出しており、本件仮処分当時は毎日五屯積みトラツクで約一五〇台分の右真砂を採取搬出しておつたこと、被申請人はその従業員に対し該採土に当り長石等法定鉱物と思われるものは採取を避けるよう、また塊状をなした岩石も搬出しないよう慎重に注意してきておるが、その採取方法がブルドーザを使用して大規模に行われておるものであることと、長石分を含有するアプライトは微粒子よりまだ小さい素粒子といわれる二粍以下の結晶体で層もしくは塊状をなし岩石または真砂の中に賦存しておつて肉眼による識別は必らずしも容易でないものである関係上、右採土に際し右アプライト賦存の岩石層が破壊されたり、真砂の層が崩れて長石分を含んだ砂石が真砂と共に採取搬出される慮れがないとは断じ難く、むしろその蓋然性があること、申請人の鉱区と被申請人の採取場(採石法第三一条)とが重複するため福岡通産局係官の斡旋で一度前記採石法上の協議の機会がもたれたが不調に終り、なおその後同法所定の通産局長の決定を求める申請手続も双方のいずれからも執られておらないこと、申請人は右鉱区内の土地使用についてその女婿神代省吾または第三者を介し一、二度関係地主の一部と折衝したが、右土地所有者等は既に被申請人と前記契約を締結済みであつたため峻拒されその承諾を得られる見込みは全くなかつたのにも拘らず、鉱業法第五章所定の使用権取得手続を執ることなく今日に至つておること等の事実が認められ、右認定と一部異なる証人神代同福田の各供述中の各一部は前記証拠と対比し借信できない。

右事実によると、被申請人の砂石採取は、申請人の鉱区と重複する地域を採取場とする採石業者の採石行為であり、また売買により土地所有権者より取得した表土の所有権に基づく当然の権利行使(使用・処分・収益行為)でもあつて、直接賦存鉱物の掘採取得を目的とするものではないが、反面右目的の如何に拘らず右表土の採取によつて申請人鉱区内における法定鉱物たる長石の掘採もしくは減耗を伴う蓋然性も有する性質のものといわなくてはならない。

そうすると、かかる場合試掘権者たる申請人と表土所有権者兼採石業者たる被申請人との間の権限行使の調整については、前説示のごとく前者における賦存鉱物の種類・品位もしくは採掘・探鉱の実情等と後者における採土の目的・用途、土地利用の実情等とを対比してそれぞれの社会的価値を評価したうえ、いずれが社会的有用性ないし公益貢献度においてより卓越しておるかにより決定するのが相当であるといわなくてはならず、もしこの場合試掘権者の側にみぎ社会的有用性ないし公益貢献度においてより卓越したものが認められるときは、なお仮処分によつて保全せられるに値いする権利の適格を欠くものではないというべきである。

ところで、前記証人岡村同川又同石原同松崎同打越同稲員同神代同福田の各供述(ただし証人稲員同神代の各供述中後記措信できない各一部を除く)、同疎乙第二六ないし第二九号証、川又証人の供述によつてその成立の真正が認められる疎乙第三一号証、福田証人の供述によつて右同様その成立が認められる疎乙第三四号証、当事者間にその成立について争いがない疎乙第三二号証の一乃至第三三号証を綜合すると、申請人の有する本件試掘権鉱区における登録鉱物中けい石は前記のごとくその品位が低く、目下のところ法定鉱物たるに必要な基準品位を具えたものは発見されておらないが、同長石はその過半が法定鉱物たるに必要な品位を具えており、また同鉱物の採掘量は国内需要を充たすに足らずして外国からの輸入に俟つておる現況にあるので、鉱物資源として比較的重要な地位にあるものであるが、本件係争地域内におけるその賦存の状況は前叙のとおりであつて、その埋蔵量にさしたる期待がもてず、結局本件登録鉱区すくなくとも係争地域の範囲に関する限りは貧鉱とまでは断じ難いにしても、量的に有望性を欠いていること、申請人は右鉱区内土地の使用権取得についてこれまで真摯に努力したと窺われる事跡がなく、右鉱区についてその登録後法定の六ケ月内に事業に着手しておらず(鉱業法第六二条第一項参照)、鉱業実施の基本計画である施業案も通産局長に届け出ず(同法第六三条参照)、また試掘進行の程度を明らかにすべき試掘工程表も全く作成しておらない(同法第六九条参照)のみならず、同鉱区内土砂の一部をセメントの骨材用として採取販売する権利を申請外島田広秋等に有償譲渡したり、右島田および申請外本田某を介して被申請人の本件係争地からの土石採取に対し、一リユーベ当り二五円の権利金を要求している等誠実に探鉱し、もしくはその意欲をもつておるものと認むるに足る実績に欠け、試掘権制度の陥り易い敝である鉱区の休眠化、鉱業権の利権化等の兆しが窺われること、他方被申請人は道路公団から九州縦貫高速道路の施工を請負つている株式会社大林組および同株式会社青木建設(旧名ブルドーザ工業株式会社)より右道床(下部路床)用真砂の納入(大林組には一九万九、一九〇リユーべ金額九、五六一万一、二〇〇円、青木建設には一七万二、六五二リユーベ金額八、二八七万二、九六〇円、合計三七万一、八四二リユーベ金額一億七、八四八万四、一六〇円)を請負い、本件仮処分時迄右係争地域で該真砂を採取し搬出していたが、右道床用砂については道路公団の係員立会の上、発注者側の右大林組および青木建設の試験委員が材料検査を行い右公団係員の承認を得て合否を決め、その採土場も指定するものであつて、採石業者において自由に選択することはできない建前となつており、該高速道の植木地区路床には本件係争地から採取する真砂をもつて充てるよう指示されておるため、被申請人は本件仮処分により右納入砂の採取地を失う結果になつたこと、しかしてその後辛うじて発注者側の諒解を得て土質を同じくする近傍の代替地から同砂を採取して納入し急場を凌いでいるが、それも既に底をつき、発注者側よりは急速なる善処方を迫られており、この儘推移するときは、右縦貫高速道の工程にも重大な影響の出ることを免がれない状勢にあること等の事実が認められ、右認定と異なる証人神代同稲員の各供述中の各一部は前記証拠と対比し措信できない。

申請人は、申請人が関係地主と折衝したり、現地に探鉱機械を据えつける等鉱区内土地の使用権取得について真摯に努力し、また誠実に探鉱し、試掘権者としての施業準備には何らの怠るところがなかつたものである旨主張するが、前記稲員証人の供述を除いては他にこれを認むるに足る証拠がなく、右主張に副う右稲員証人の供述も前記打越・同神代両証人の各供述と対照するときは、本件係争地外の鉱区と取り違えて述べておるものであることが明らかであるから該供述をもつて前記主張を支持するに足るものとなすことは到底できないものといわねばならない。

第四、結論

以上認定の事実に、前顕の本件係争事実の背景となつている事情を綜合して考えるときは、試掘権者たる申請人側に表土所有権者兼採石業者たる被申請人側を凌駕してより一層社会的需要ないし公益に貢献するものと期待しうる事情の存在はこれを認めることができないのみならず、その権利行使の実態(埋蔵鉱物資源開発のため特許設定される鉱業権の公益性を喪い、私的利権化している実情)に徴し、「クリーンハンズ」の原則からも救済に値いしないので、結局前示のごとき仮処分によつて保全せられるに値いする適格を欠くものと判断せざるを得ない。

そうすると、さらに保全の必要性について判断するまでもなく本件仮処分申請は失当として却下を免がれないものというべきである。

よつて申請人の申請に基づいて曩になした主文第一項掲記の仮処分決定を取消し、該申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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